私(わたくし)のお兄様はとても強いお方です。幼い頃からずっと私のことを見守って下さり、困った時は助けて下さりました。だから、なのでしょうか。私はお兄様が弱音を吐いている姿を見たことがありません。どんな時でも、決して。私の前でそんな一面を見せることはございませんでした。

 

 

No Title 幕間

 

 

とある日のことです。お兄様は、どうやらお怪我をなさったようでした。直ぐにかかりつけのお医者様に診て頂きましたが、原因は不明とのこと。お兄様の左目は色を失い、不透明な色になっておりました。お兄様は何でもない、大丈夫といつものように微笑んでおりましたが。私にはわかってしまいました。いつもとは違う、作りものの笑顔ということに。

 

すらりと障子に手を掛けたお兄様の背中に、声を掛けました。

 

「千弦お兄様」

「リト、どうした?」

 

足を止め、ゆったりと振り返って微笑む千弦お兄様。

 

「その、あの……大丈夫ですの?」

「ん。あ、もしかしてこの左目のことか? 大丈夫だぜ~。見た目はこんなだけど、痛みとかは何もねぇんだ」

 

目頭が熱くなります。こんな時にまで、嘘を付かないで欲しいです。左目の視力を失って、大丈夫だなんてこと。

 

「お兄様、」

「何だ?」

「辛い時は、泣いても良いんですのよ」

 

その言葉を聞いたお兄様は目を見開きました。そして、段々とその瞳から一筋の涙がこぼれ落ちました。その双眸は優しく細められていきます。

 

 

「……ははっ。バレちまったか」

 

 

 

 

「私は千弦お兄様の妹ですわ。何でもお見通しなんですの」

「……そっか、はは。リトには敵わないな」

 

そこから、お兄様は事の経緯を話して下さいました。本当は視力を失って恐怖を覚えたこと。戻らない可能性のあること。ぽつり、ぽつりと。閉ざしていた扉をゆっくりと開くかのように。

 

「当たり前のようにあったものをふと失うのって、こんなにも怖いんだなって。そう思ったよ」

「千弦お兄様……そうですわ!」

「うぉっ、な、何だ!?」

 

お兄様の両手を掴み、詰め寄ります。

 

「今度は、今度こそは私が千弦お兄様をお守り致しますわ! ゲームは得意、ではありませんが……でも私はもう見守るだけは嫌なんですの!」

「リト……」

 

私はずっと、守られてばかりでした。だからこそ、ずっと恩返しがしたいと思っておりました。今、何もしなければ私はきっと後悔します。守られるのではなく、お兄様の隣を歩きたい。

 

「いや、でもリトには危険だか」

「お兄様が何と言おうと! 私は付いていきますわ!」

「……ふ、ははっ。まぁ、俺がここで何と言おうとリトは一度言ったら曲げないからな。わかったよ、降参だ。……ありがとう。リトがいるのは心強いな」

「お兄様……!」

「でも、無理は禁物だからな! ログイン時も必ず、誰かと同行すること! それが条件だ」

「ええ、承知致しましたわ! うふふ、これから宜しくお願い致しますね。千弦お兄様」

「ああ、こちらころ宜しく頼む」

 

 

――――月が綺麗な夜のお話でした。

 

 

幕間【END】