――――No Title.

 

俺がそのゲームに出会ったのは、偶然だった。

似たり寄ったりなゲームに飽き飽きしていた俺は、アプリのダウンロードのサイトでうろうろしていた際にこのアプリゲームと出会う。

 

アイコンは黒。ユーザーレビュー、不明。ゲームの内容、白紙。バグか何かとも想定したが、どうやら違うようだ。

攻略サイトやプレイ動画なども見つからない。

全てが謎に包まれている点に逆に好奇心が湧いた俺は、ダウンロードすることにした。

 

内容は至ってシンプルなもの。

この世界を支配しようとする魔王を倒すという、RPGもの。物語を進めていく内に、とある噂を耳にした。

『魔王に戦いを挑んだ者が皆、ログインをしなくなった』。

その為、その行方を知る者は誰一人として存在しない。証明する者がいないから。

そのことが気掛かりだった俺は、秘密裏に噂の真相を探りを入れてみることにした。

 

 

 

No Title　第一章　『全ての始まり』

 

 

 

 

始業開始のベルが鳴る。慌ててスマホを机の中に終い、形だけでも授業を聞く形を取る。

優しい先生の説明が一層、眠気をそそる。小さく欠伸(あくび)をした。

 

『……眠い』

 

昨日、あれからどれだけ調べただろう。

数ある内の交流から情報を手繰り寄せ、眺めているだけでいつの間にか深夜まで掛かってしまった。

頭もいつもより回らないし、ダルさが酷い。自然と涙が出てしまう。窓越しに映し出される春の光景をそっと眺めた。

淡く桃色に染まりゆく桜並木が、春風と共にほんのり開かれた教室の中に春風を届けてくれる。

 

『あ、ヤバい。これは寝ちまいそうだ…耐えろ、俺！』

 

本格的に眠りそうな思考をリセットする為、手の甲を強く抓(つね)ることで堪えた――その時だった。

グラウンドから人の叫び声が聞こえたのは。それも一人や二人の話ではない。複数の悲痛な叫び。

 

「ああああああ！！」

「きゃああああああああ！！」

「何だっ！？」

「グラウンドの方から悲鳴聞こえなかった！？」

「こら、君達！ 自分の席に戻りなさい！」

 

窓の方に押し寄せるように、クラスの皆が群がっていく。先生はそんな皆を諭すが、皆はそのことを聞く様子は無さそうだ。

乗り出すような形でグラウンドの方を見下ろすと、走り回っている学生達が順々に姿を消していた。ゲームのモンスターに攻撃された奴等が。

 

「何だ何だ、人が消えていってないか？」

「ねぇ、これもしかして……最近話題のあの事件に似てない？」

 

皆にはこのモンスター【魔物】が見えていないのか……？

消えていること自体に驚いているようで、モンスターのことを認識していない様子だ。

――どういうことだ？ 俺にはハッキリと、あのモンスターの姿が見えている。

 

「何言ってるの？ あのモンスターのせいじゃな、」

 

言葉を言い掛けたところで、クラスメイトの一人――西園寺(さいおんじ)は言葉を飲み込んだ。聞き間違えなんかじゃない。

彼女はハッキリと、モンスターがいるという認識をしていた。ということは、見えるヤツは限定されているのか。

確信はないが、奴等を倒す方法があるかも知れない。

 

所謂(いわゆる)、勘。騒がしいのが功を奏した。

 

「悪いな、先生！」

 

ギャラリーの隙間を抜け、廊下へと全力で駆け出す。眠気はいつの間にか吹っ飛んでいた。嫌でも覚める。こんな状況。

階段を段を飛ばして下り、下駄箱へ。上履きを乱暴に投げ捨て、グラウンドへと向かう。

 

汗を袖で拭い、改めてグラウンドを見ると――――最悪な状況が広がっていた。

あんなにも賑わっていた筈のグラウンドには今はもう、誰一人として存在しなかった。

そこにはいたはずの人物が使っていたとされる道具や、無残にも壊された花壇の残骸。

暴れ足りないのか、顔の8割は占めているであろう大きな口から炎を吹き出し、木々を燃やしていく巨大トカゲのモンスター。

ドクン、と心臓が高鳴る。いつも画面越しで見ていたあのモンスターがこうして、本当に『自分の目の前に存在している』。

その事実が、恐怖と興奮を煽る。はは、と思わず苦笑が零れ落ちる。

 

自分よりも3倍はあるだろうか。その巨体を動かし、足踏みをしてくる。

途端に地響きが鳴り、俺はその場で片膝を強制的に叩き付けられた。

そんな圧倒的に不利な状況であるのにも関わらず、俺の体は自然と動いてしまった。

怖くないかと言われれば嘘になる。――だが。

 

「俺が見えていることには必ず意味がある」

 

ここで俺が見据えてしまえば何もかも無くなってしまうような――――そんな勘。

只、あんなにも大きなモンスターをどうすれば良いのかわからないも事実。

思考を巡らせようとしたその時、ギョロリとした金色の瞳と目が合う。

 

「やっべ……！」

 

風を斬る音と共に自分の左目に衝撃が走った。

油断した時にはもう体は宙に舞い、校舎の壁に思い切り背を叩き付けてしまう。

 

「がはっ……！」

 

そのままずるずると垣根の上に落ちてくれたのが奇跡だった。意外と怪我はない。

僅かな吐血と、妙な違和感。ゆらりと揺らぐ視界。

試しに右目を手で塞ぐと、何も見えなかった。もしかして、さっきの攻撃を喰らって左目の視力を失ったのだろうか。

 

「何、だ……これ」

 

その気持ち悪い感覚に、吐き気がした。

当たり前のことが出来ない。それに対する違和感。――怖い。初めて恐怖した。未知なものの恐怖を。

自分がどうなるかはわからない。でも、俺がヤツを止めないと。

 

「暁(あかつき)くん！！」

 

聞き覚えのある声。

息を切らしながら駆け寄ってきたのは、先程のモンスターが見えると言っていたクラスメイトの西園寺だった。

キッと眉を吊り上げると、彼女は問答無用と言わんばかりに俺の腕を引っ張って校舎の陰へと誘導してくれる。

揺れる変則ツインテールと、あたたかな手のぬくもり。

忙しなくキョロキョロと辺りを見渡した後、西園寺はその場で膝を付いた。

 

「はぁぁ……良かったぁ。一先ずは安心ね」

 

火照っていた顔は段々と青ざめ、西園寺の方は恐怖のあまりか小刻みに震えている。

 

「西園寺……アンタ、どうして」

「どうして、じゃないわよ！」

 

ピシッと外で暴れているモンスターを指で示す西園寺。

 

「君があのモンスターに向かっていく姿を見て、追い駆けて来たのよ！ 流石に無鉄砲過ぎるわ！」

「やっぱりアンタにも見えているのか」

「……ええ。ハッキリと見えているわ。あのふとっちょトカゲモンスターがね」

「でも、周りの奴らには認識されているんだよな」

「そう！ そこが気掛かりなのよ。私と暁くんに何か共通点でもあるのかしら？ 私はあんなモンスター、見たことないけど……」

「西園寺はNo Titleというアプリゲームをプレイしたことがあるか？」

「あら、君もやっているの？」

「ああ」

 

頭を頷かせる。

 

「それで、さっきのモンスターは……最近ゲーム内で見掛けたことがある」

「ええっ……！」

 

西園寺は大きな瞳を見開いた。その視界も、ややブレる。

やっぱり、見えなくなってしまったのか。予想から確信へと至った。只、痛覚がないのは不思議だな。

 

「心配するな。俺が何とかする」

「何とかするって……具体的には、何をする気なの？」

「それは、やってみなきゃわからない。でも、やらないことには何も変わらない」

「……君は何も分かってない！」

 

立ち上がろうとすると、西園寺に両肩を掴まれて強制的に尻もちを付いた。思わず、眉を寄せる。

 

「君が私のことを心配するように、私も君のことを助けたいの！ だから、少しは私のことを頼りなさい！！」

 

説得力のない言葉だった。情けない声だった。あまりも弱々しく、壊れてしまいそうなほどに。

言っている本人は涙を溜めていて。でも、その言葉は俺の心に深く溶け込んでいった。

頬に涙が伝う。今まで溜め込んでいた感情みたいなものが溢れ出す。

 

「ごめん……サンキュな」

 

そう言うと、彼女は優しく微笑んでくれたのだった。

 

 

＊＊＊

 

 

そしてそれから俺と西園寺は、作戦会議をすることにした。

 

「とりあえず、どうするかだな。このまま放置すると、今はまだ無事だが校舎にも被害が及ぶかも知れない。それが一番最悪のケースだ。あの巨大トカゲには嗅覚がない。その代わり、視力が異常に優れている。……それぐらいしかわからないな」

「何を言っているの！ 情報があるだけ有り難いわ。そうね、だとするとふとっちょトカゲの視界に入らなければ良いわけよね。それなら……」

「それでは駄目じゃ」

 

目の前が陰る。

モンスターがもう侵入したのかと思い、警戒を持ちながら見上げる。しかし、予想は見事に裏切られた。

 

髪飾りの鈴をチリン、と揺らしながら現れた真白き女性。

フリルのあしらわれた襟からそっと、妖艶な笑みを浮かべている。

深海を連想させる蒼き瞳は美しく。胸元が大胆に空き、それでいて肩と足にスリットの入った白いドレスを纏っている。

ボブヘアーの頭の上には、ちょこんと2つ、草の装飾のある髪飾りを付けている。

まるで雲のようにふよふよと漂っているその真白き女性。

白い髪をふわりと揺らしながら、桃色に染まる口元を透けた袖で上品に隠してみせた。

 

人なのか、モンスターなのか。突然のよくわからない人物の登場に、驚きを隠せずにはいられなかった。

 

「誰、だ……？」

「も、もしかして君もモンスターなの」

「あのようなものと同じにされるとは、心外じゃの。我はそなたらを助けてやろうと、こうして足を運んだというのに」

「いや、正直怪しいんだが……」

「ふむ。まぁ、確かにこんな登場の仕方じゃと疑われても仕方あるまい。じゃが、安心すると良い。今はそなたらの敵ではない」

『今はってことは、俺らの反応次第では敵に回る可能性があるってことか？』

 

いや、今はそんなことはどうだっていい。渦巻く疑念を振り払う。ふ、とその怪しい女性の目が細められた。

 

「どうやら、そちは察しが良いようじゃのぉ」

「ああ。面倒くさい話は後だ。その言い方だと、アンタは知っているんだろう？ あのトカゲモンスターの倒し方を」

「ご名答じゃ。――――するのじゃ」

「え？」

「ログインをするのじゃ。このアンダーグラウンドという世界への。さすれば、そちらの道が示されることであろう」

 

これが、全ての物語の始まりだった。しかし、俺達は後々に嫌でも知ることになる。

このゲームの真実を――――。

 

 

 

 

 

第一章【END】