「ログイン?」

 

俺の呟きに、白き女性は頭を頷かせる。

 

「左様。とは言うものの、恐らくそちらの想像しているログインとは少し異なるのじゃがな」

「ログインって……ゲームの時にするあれのことよね?」

「そうじゃ。しかし、今我が話しているのは〈アンダーグラウンド〉の方じゃな」

「地下にログインって益々、訳がわからねぇんだけど……」

「詳しい説明は後回しにするが、」

 

金魚のようにふわりと空中を泳ぎながら、白き女性はすらりとした細い指先で遠くのトカゲモンスターを指し、

 

「本来、あやつはこちらの世界の者ではない。時空が歪み、交差した世界から出てしまったはぐれものなのじゃ」

 

恐れをなす訳でもなく、ただ世間話でもするかのように紡がれる言葉。

その横顔は美しく、この世の者ではないかのような佇まい。そんな彼女が話す言葉の、信憑性は強かった。

本人が浮世離れしているのだから。幽霊や神、それらに近い〈何か〉を感じ取っていた。

 

「その世界を唯一繋ぐ鍵が、ログインなのじゃ。こちらの世界と、あやつの存在する世界。交差した世界――それが〈アンダーグラウンド〉。その世界に入れるのは【No Title】に存在するモンスターと……」

 

蒼き双眸と目が合う。

 

「【No Tltle】のプレイヤーなのじゃよ」

 

 

 

No Title 第二章 『アンダーグラウンド』

 

 

 

「えーと、つまり。何だ……俺らがこうして見えているのは、ゲームのプレイヤーだからっていうのか?」

「そうじゃ。その証拠に、他の者らは認識すらしてなかったはずじゃて」

 

言われてみれば、さっき教室内で反応していたのは俺と西園寺だけだったな。

 

「世間話も結構なことじゃが、あんまりのんびりしていると校舎とやらがあやつに潰されてしまうのじゃて」

「あっ……!!」

「きゃあああ、あっちって体育館のある方じゃない!?」

「余所見をするでない」

 

一瞬過ぎて、目が追いつかなかった。

次に届いたのは獣の呻き声。鮮やかな足捌きでその獣を蹴飛ばしたらしい。

きゅぅんと項垂れる獣はやがて粒子のように消えていき、花びらのように散る。上空から巨大な火炎が飛んできた。

 

「肩を借りるのじゃ」

「は、」

 

俺の左肩に、手が乗せられる。

あまりにも軽すぎる質量に、ゾッとした。綿菓子のようにふわりとした軽さ。

蹴りの反動で体を反転し、あろうことかその女性は蹴りで火炎を相手の方に弾き返した。

爆発のような衝撃と風圧が辺り一帯に吹き抜ける。察した。こいつは敵に回したら確実に面倒なヤツだと。

 

「ほっほ。そんなに驚くでない。ただ単に魔法を蹴りで弾き返しただけじゃ」

「普通のヤツはそんなこと出来ないからな!?」

「お主もよくやっているじゃろうて。ゲーム世界で、の」

「それはゲーム世界だから可能であって……」

「それが可能なのじゃよ。この世界なら」

「もしかして、さっき言っていた〈ログイン〉のことかしら……?」

 

相手の顔色を窺うように呟く西園寺の問いに、白き女性はぱぁっと笑顔の花が咲く。

指先で俺の肩を叩いた後、そのまま一回転した彼女はまた先程の定位置で浮遊しながら続ける。

 

「ご明答。お主らのキャラクターに力を借りるのじゃよ。習うより、慣れろじゃ。早速、ログイン方法を伝授してしんぜよう」

 

 

***

 

 

ログイン方法はこうだ。

No Titleのトップ画面。それを特に操作することもなく、一分間そのままにするというものだった。

他の作品なら映像を見ることもあるけど、このゲームに関しては黒画面にシンプルにタイトル! って感じだから言われればそんな操作したことないな。BGMがあるわけでもないし。

 

すると、No Titleという字が歪み、【▶ログインしますか?】という表示が出てきた。

迷わず「はい」をタッチすると、眩い光が俺の体を包み込む。

 

『プレイヤー:ライラのログインを完了しました。これより、同期を開始します。この処理には多少の時間を要します。顔認識――完了。声認識――完了。体認識――完了』

「な、なな、何ダっ!?」

 

脳内に機械的な音声が響き渡る。その度、粒子のように自分の服などが消えていき……いかつい武装に変化していく。

気のせいだろうか。声がかなり高くなった気がするんだが。目線も近くの垣根と同じぐらいに低くなっている。

そして何より、体が異常に軽い。

 

『装備認識――完了。装備していない武器はアイテムBOXへと保管されます。使用される際は、ゲーム内自宅からの移動をお願いします。アイテム認識――完了』

 

背中に、軽い重みを感じた。

腰元にはホルダーのようなものが出現し、試しに漁ると液体の入った小瓶と薬草。後は綺麗な石。

 

『動作の確認をします。―――それでは、』

 

その後も軽い動作確認をされ、全てが完了した後に変わらずの機械音は続き、

 

『以上で、確認事項は完了しました。引き続き、アンダーグラウンドの世界をお楽しみ下さいませ』

 

光が薄れていく。

ログインしている間も俺らのことを守ってくれていたらしい白き女性は、周りの中級モンスターを吹き飛ばしていた。

あそこまで行くと一層、清々しい気がするな。ぽひゅん、ぽひゅっと変わり続けに消えていく。

 

「どうやら、無事ログイン出来たようじゃのぉ。どうじゃ? ライラになった気分は」

「やっぱりそうだったのカ……」

 

声、動作、防具、何よりもこの身長の低さ。

俺がよく見知っている姿――No Titleで俺が作ったキャラクター、『ライラ=クレフィ』の姿になっていた。

先程の背中の重みはバトルアクス。本来なら重いんだろうが、ライラは片手で持てるぐらいに筋力がチート級だった。

左目の失っていた視力も今は治っており、寧ろ以前よりも大分遠くの視界が見えるような気さえする。

ライラはドワーフの為、低身長なのが特徴だ。そこが痛手ではある。まだ慣れない。

胸元の空いた鋼の鎧は動く度、ガシャリとした音を立てる。

 

俺自身だけではない。どうやら、風景もゲームの街並みになっている。

グラウンドに立っていたはずなのに、今では閑散とした街並みのど真ん中にいるようだった。

 

「どうやら、あの嬢ちゃんも終わったようじゃぞ」

「ア、西園寺……」

 

西園寺の方へ振り返る。

薔薇とリボンの装飾がある黒い帽子に、左目が隠れた糸のように美しい金髪に菫色の瞳。

恐らく、ゴシックと呼ばれる服装に黒のロングブーツ。可憐さと高貴さを感じさせる「美少年」だった。

気のせいじゃなければあれ、課金しないと手に入らないやつだったような。しかも割と高額のやつ。

 

「な、なな……! な、何で僕がシオンきゅ、ごほん。シオンくんに……! これは夢、夢なのかな暁!?」

「夢じゃないから落ち着ケ」

「ひゃあああ!」

 

頭からぼふりと、煙のようなものを出す西園寺。

目の焦点がどうやら合っていない。茹で蛸のように顔が真っ赤になっている。

 

「喜んで貰えて何よりじゃて。我はそちらがログイン中、少し疲れたのじゃ。本題に戻らせて貰うのじゃ」

 

暴走していた西園寺の後頭部に突っ込みを入れ、我に返させるのだった。

 

 

***

 

 

 「そちらがログイン中に一度、トカゲの足を奪って転ばせたからそろそろ起き上がるはずじゃ。お嬢ちゃんはモンスターの動きを再度奪い、坊やはその間に本体を叩いて欲しいのじゃ。我も参戦したいところなんじゃが、中級モンスターの数が多くてのぉ。これはボスがいなくなれば奴らもいなくなる《クエスト》じゃ。そちらの手に掛かっておる」

「わかっタ……うっ、未だにこの話し方慣れないナ……」

「わかるよー、僕も……色んな意味で慣れない……」

「色んな意味?」

「な、何でもないよ!」

「よし、そうと決まれば作戦実行じゃ!」

「あ、その前に――アンタの名前を聞いても良いカ? さっきから何て呼べば良いか悩んでたんダ」

「そう言われれば、聞き忘れてたねー」

 

きょとんとした表情の後、白き女性はふわりと透明の帯を揺らし、

 

「我の名はイヴ。以後、宜しく頼むとするかのぉ」

 

少し照れくさそうに微笑んで、言うのだった。

 

 

***

 

 

西園寺のキャラ、シオンは創造芸術士【クレアシオン・クリエイション】のハーフエルフだった。

書物に描いた絵を具現化することの出来る、援助系の魔法形式。スキル上達度によってその威力や、速さは異なる。

西園寺はまだゲームを始めて間もないらしく、簡単なものしか使えないとのこと。

 

胸元から羽ペンを取り出し、サラサラと薔薇の絵が完成される。

すると、書物からその絵がふわりと浮き上がり――地面へと消え失せていく。

そこから地面がボコボコっと掘り起こされ、瓦礫と土の隙間から巨大な薔薇が出現した。

まるで蛇のようにうねる茨は巨大トカゲの足の動きを拘束し、薔薇の花が魔力を奪う時の紫色の淡い光が溢れ出していた。

 

「後は任せたよ! 暁!」

「あア、任されたゾ」

 

トーントン、と軽くジャンプした後、住宅の壁を駆け登る。風圧が凄いけど、風圧耐性があるからびくともしねぇ。流石ライラ。

屋上に到達したところで手すりに腰掛け、巨大トカゲの様子を窺う。

先ほどの案内で教わったロックオン機能で確実に位置を定め、力をブーストしていく。

あの様子からして、急ぐ必要はない。体が段々と熱くなっていくのを感じた。感覚、鼓動。全てが研ぎ澄まされていく。

 

「あああああああああアっ!!」

 

血の巡りが体中を行き渡る感覚。手すりを蹴り、バトルアクスを巨大トカゲに向けて振り落とす。

斬った先から先ほどのような粒子が溢れ出し、下まで一気に攻めていく。断末魔が耳元を突き抜けていく。

ドシャッと地面に到達した頃にはもうモンスターの姿を消失しており、光の玉のようなものが空へと吸い込まれていった。

近くにいたモンスターも透明化していき、同様に消え失せていく。

 

「た、倒した…のカ?」

「……かな?」

 

倒したという感覚がわからないが、こういうことなのか。

手がビリビリとした感覚が、今でも残っている。シオンの姿である西園寺と目が合い、そして笑った。

 

「どうやら、街も活気を取り戻したようじゃのぉ」

 

近くの噴水に静かに舞い降りたイヴは、遠くを見渡して言う。

その視線の先を追うと、あんなにも閑散としていた街並みは賑やかな住人の笑顔で溢れ返っていた。

 

「アンタ達、強いんだねぇ! これでもうあの巨大トカゲに怯えることは無くなったよ! ありがとう」

「こんなめでたいことはない、今日は宴だ宴!!」

「貴方達はこの街の救世主よ!」

「どういうことダ……?」

 

 

 事の顛末を訊ねると、どうやら近くの森に住んでいたらしい巨大トカゲが街中に迷い込んでしまい、困っていたという。

とりあえずは様子見をしようということで、住人達は家の中で身を潜めていたらしい。

そんな時に俺達(旅人)が救った……ということだそうな。

 

「あら、イヴさんもいらしていたの?」

「あんさんが誰かとつるむなんて、珍しいこともあるんだな!」

「ほっほっほ。只の気まぐれじゃよ」

 

つまりは、あれか。イヴもこのゲームの住人……ってことになるのか?

その時。イヴの手が眼前に差し出された。

 

「これでクエストクリア、じゃな。今回のモンスターは消失しておる。――――ログアウトするのじゃ」

 

 

***

 

 

画面が切り替わる。

テレビのチャンネルが切り替わるような、あの感覚。

何故か俺のバッグを持っている幼馴染のシキが、目をまんまるくしていた。隣のベッドでは、西園寺が気持ちよさそうに寝ている。

 

あの後、どうやら俺達は校舎近くで倒れているところを保健室に運んで貰っていたらしい。

一番の心配だったあの消えた生徒達はいつの間にか戻っており、その時のことを全て覚えていないようだった。

ほっと安堵し、とりあえず解決したことで気が抜けた。ぼふりと、ベッドに寝そべる。

 

左目に、手を振りかざす。やっぱり、失った視力はまだ取り戻していないようだった。

それと引っ掛かるんだよな。イヴの、『今回の』っていうあの言葉。まるでまだ、危機は去っていないかのような言い回し。

 

 

そして、後にわかることになる。

これがまだ、序章だということを――――。

 

 

 

 

 

第ニ章【END】